歴史・人物

米熊の父

三吉慎蔵(1831~1901)

天保2年(1831)10月11日長府藩士・小坂土佐九郎の二男として生まれ、安政4年(1857)三吉家の養子となる。

慎蔵(左写真・三吉家所蔵)は、明治維新の功労者・坂本龍馬と親交があった人で、有名な京都の寺田屋事件(1866年・慶応2年1月23日)の折、幕吏に囲まれた寺田屋で龍馬と一緒に防戦、危うく二人とも難を逃れ脱出する。しかし龍馬が負傷し材木置き場に身を潜めるが、龍馬を助けるために、慎蔵は伏見の薩摩屋敷に危急を知らせる。すぐに薩摩藩の救援隊が出動し龍馬を救い出した。

坂本龍馬(三吉家所蔵)

2010年に放映されたNHK大河ドラマ「龍馬伝」では、慎蔵は龍馬の盟友として描かれている。なお、最終回の中で、龍馬の恋人のおりょうと遊んでいる子供を慎蔵が「米熊!米熊!」と呼ぶシーンがあり、登場している。

維新後、長府毛利家の家扶として使えるが、明治10年に宮内省・北白川宮家御用掛として出仕する。明治34年(1901)2月16日亡くなる。享年70歳。長府毛利家当主・元敏は慎蔵の死を悼み、三吉家の菩提寺である法華寺(下関市長府)ではなく、功山寺(下関市長府)長府毛利家墓地のそばに彼の墓を建てるよう命じた。

生前の慎蔵は、龍馬のほかに西郷隆盛、勝海舟などの維新の功労者たちとも親交があった。中でも、日露戦争で活躍した乃木希典陸軍大将とは生家が近く、幼少時の乃木は慎蔵の許で教えを受けたこともあり、米熊とも親しかった。明治39年5月には小県蚕業学校を訪れている。その数日前には、同じく日露戦争で活躍した東郷平八郎、伊藤祐亨、上村彦之丞の3将軍も訪れている。

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