しだれ桑 第57号より

岩絵具に魅了され、日本画の表現拡張を目指す


筑波大学副学長 太田 圭さん(S51年卒)

美術家、教育者として、コロナ禍で感じ、考えていることはなんでしょうか。

30歳の夏に筑波大学に着任してから35年が経ちました。令和3年4月から学生担当副学長を拝命し、1万6千人強の学生生活、課外活動、留学生の派遣と受入れ、学内行事、多様な学生支援等に関わっています。大学教員は教育・研究・社会貢献を主な仕事としていますが、いずれもコロナ禍でできなくなったことを嘆くのではなく、ウィズコロナ時代に対応するための創造的で様々な工夫が求められているところです。

日本画の道に進まれたきっかけと、現在取り組まれていることや、作品制作についてお聞かせください。

中学時代はサッカーに熱中していたのですが、悩んだ末に美術班に在籍しました。当時の美術班は北側の校舎4階のペントハウスが活動場所で、授業時間以外はそこに篭って毎日デッサンを描いていました。2年生の時、初めて触れた「岩絵具」の美しさに魅了され、半年ほど迷った末に油絵から日本画に変更して学び始めました。それから50年近く経ちました。現在は日本画の表現領域の拡張を目指して、日本画の立体作品制作に取り組んでいます。

高校時代の思い出と、今の東高校生に伝えたいことばをお願いします。

高校時代は「志望大学が恋人」でした。本命は芸大。1年生の時の「あずま祭」で会った本校OBで芸大生の「頑張れよ」の一言に奮起し、2年生の時は東京の美術予備校の夏期講習で全国レベルとの差を思い知らされ、それを挽回するために3年生の時には月に一度、東京の予備校に通ったことなど、全てが私の「ラブアタック」でした。それを後押ししてくれたのが担任の五明若夫先生でしたが、先生方をはじめとして同級生、美術班の先輩や後輩との出会いが、現在の私に繋がっています。みなさんも何でも良いので情熱を持って取り組んでください。

1957年生まれ。東京藝術大学美術学部と大学院美術研究科博士後期課程で9年間日本画を学ぶ(師:稗田一穂、工藤甲人)。1987年筑波大学着任。現在、芸術系教授。2021年より筑波大学副学長(学生担当)を務める。個展、創画展、茨城県展、グループ展等で作品を発表。日本美術家連盟会員、創画会会友、茨城県美術展覧会委員、日本スポーツ芸術協会理事。「上田市交流文化芸術センター」の愛称『サントミューゼ』の命名者。2017年より「リボーン・アートボール活動」を実践。2021年東京五輪の文化プログラムに参加。筑波大学蹴球部副部長。博士(芸術学)

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